>藤野眞功

> 「ちゃんと電車で帰ったよ。逃げる奴は追われるというからな」 「凄いですね」 「いったい、今の話のなにが凄いんだ? ええ! 教えてくれ」 「だって、そんな状況から逃げ切るなんて」 「いいか。凄いのは、金を持って逃げた奴らだけだ。おれを嵌めた二人の覆面と運転手だけだ。おれのことじゃない。おれが言いたいのは、言葉には意味がないってことだ。いいか。逃げるとき以外、あの時のおれは常に冷静だった。だが、事にあたっては冷静であることに何の意味もない。それが、おれの言いたいことだ。言葉を信じるな。それがもっとも肝心なことだ。奴らはおれを嵌め、オヤジはおれとの約束を破った。それが、おれの得た経験だ。言葉は無意味だ」 「でも、今の話はおれにはすごく為になりました」  健一は言った。 「だから言葉には意味がない」  藤井は笑った。 「いまのは作り話だ」 「なんのために、そんな嘘を」 「ここでは、すべてが無意味だからさ。言葉も行動も、おれもお前さんも」  健一には、すべてが作り話とは思えなかった。